老病死の意味

「両上下肢の深部腱反射は亢進、舌に線維束攣縮が見られ…」「針筋電図は?」「明後日の予定です。」

毎週行われる神経内科カンファレンスの風景だ。しかしこの日のようにALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者さんが取り上げられるとき、心なしかいつもより空気が張り詰める。ALSは治療法がなく、診断後数年で亡くなられることが多い。それだけに慎重に診断し、何度も病状説明を行う。

検査の説明のため患者さんのもとに行った。「治らない病気ではないか」と不安を抱かれていた。

針筋電図の日。ノイズが入らないよう遮蔽された静かな部屋。患者さんの筋肉に針を刺す。画面に波型が映し出され、波型を音声に変換した「ポツ、ポツ」という音が鳴る。「ALSでない証拠」を懸命に探す。しかしどこにも見当たらなかった。

何度か病状説明を行ったある日の夜。その方は私を呼び止めて言った。「私はもう治らないんですね。どうせ死ぬなら殺してください。」

一言も言葉が出てこなかった。

その後私はALSの研究を始めた。しかし患者さんの苦悩は消えない。何とかしたい。しかし何ができるのか。

縁あって仏教を学ぶ機会をいただいた。『大無量寿経』に「見老病死 悟世非常 棄国財位 入山学道」(老・病・死を見て世の非常を悟る。国の財位を棄てて山に入りて道を学したまう)[真宗聖典三頁]とあった。これまで毎日「老病死」を見ていた。患者さんの切実な声も聞いていた。生命は無常であるから治療をしたいと思っていた。しかし、そういう私の心はあの日の彼女の心と決定的に違っていることに気づかされたのだった。「私は問われていなかった」のだ。病を見ているつもりで、ただ「疾患」を見て「病を生きるいのち」を見ず、「避けるべきもの」として遠ざけていた。

彼女は問われていたのだ。「老病死」が意味することは、ただ肉体の無常に留まらない。これまで確かなものとして、あるいはささやかにでも信じてきた「意味あるもの」が「老病死」によってすべて崩れ、ただ一人の人間として放りだされることだった。死にたいといったが、ほんとうは生きたい。しかし「人生の意味」への疑いを抱いた今、もはや人間として生まれたことをも喜べなくなってしまった。私はなぜ苦しまなければならないのか。なぜ苦しんでまで生きなければならないのか。どうせ死ぬならなぜ生まれてきたのか。私とは何なのか。

「どんなときも崩れない依り所を生きているのか」「どう生きることがほんとうに生き切ったということなのか」そう私自身が問われずして、私が病と共に生きること、そして病を生きる人と共に生きることが果たしてできるだろうか。私の心は目の前の患者さんとも、そして私自身とも共なるものとなっていなかった。

しかし、人生の意味は崩れるという非常を知ったにもかかわらず「前に向こうて去かん」(註1)と歩み出した人がいる。再び生きたいと願った人が確かにいる。そう願う心はどこに成り立つのか。そう問いつつ、その心と共に生きていきたい。

(註1)
「・・・『我今回らばまた死せん、住まらばまた死せん、去かばまた死せん。一種として死を勉れざれば、我寧くこの道を尋ねて前に向こうて去かん。すでにこの道あり。必ず度すべし』と。・・・ 」[いわゆる「二河譬」の箇所。親鸞『教行信証』「信巻」、善導『観経疏』「散善義」引用箇所。(真宗聖典220頁)]を参照。また「出家」の原語であるサンスクリット語pra√vraj( to go forth, proceed出発する、前に進む)を参照。

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